公立学校の教諭には事故や体罰に関する損害賠償義務がない?

事案の概要と判決要旨

兵庫県川西市が設置する市立中学校のラグビー部に所属していたB(当時中学1年生)が、平成11年7月27日の同部活動中、熱中症を発症して死亡したという事件について、Bの両親は、当時同部の顧問教諭であった被告Aに重大な過失があったとして、被告川西市に対しては安全配慮義務違反による債務不履行責任又は国家賠償法1条1項に基づき、また、被告Aに対しては不法行為に基づき、損害賠償を請求しました。

この事案について、神戸地裁 平成15年6月30日判決の要旨は以下のとおりです。

被告Aの注意義務

公立中学校における課外クラブ活動は学校教育の一環として行われる以上、学校設置管理者は生徒の生命、身体の安全を図る義務があり、また、その担当教諭も、学校設置管理者の履行補助者として、部の活動全体を掌握して指導監督にあたる者であるから、練習中、部員の生命、身体に危険が及ばないように配慮し、部員に何らかの異常を発見した場合には、その容態を確認し、応急処置を採り、必要に応じて医療機関に搬送すべき注意義務が認められる。

そして、本件事故当時、既に学校管理下における熱中症(日射病、熱射病を含む。)による多数の死亡事故例が報告、報道されるとともに、その予防策や発生時の対処の方法についても、少なからざる文献が公刊されていたことに照らすと、熱中症の危険性とその予防対策の重要性は、特に体育教育関係者にとっては当然身につけておくべき必須の知識であったと認められること、被告Aは、ラグビー部の顧問教諭である以上、体育教育関係者と認められること、被告A自身、屋外におけるスポーツの際に、日射病、熱射病が発生する危険性について一応の知識を有していたことを本人尋問の際に自認していること、ラグビーはスポーツの中でもかなり激しい競技であること等を総合すると、被告Aとしては、部員が暑さと激しい運動によって熱中症を発症することのないように、練習中に適宜休憩を取らせ、十分に水分補給をさせるとともに、部員に熱中症を疑わせる症状がみられた場合には、直ちに練習を中止し、涼しい場所で安静にさせ、冷却その他体温を下げるなどの応急処置を採り、必要に応じて速やかに医療機関に搬送すべき注意義務(安全配慮義務)があったと認められる。

(中略)

本件事故当日は、熱中症の発生を注意もしくは警戒すべき気象状況にあったこと、被告Aは屋外スポーツにおける日射病、熱射病の発生の危険性については、一応の知識を有していたと認められること、Bは、遅くとも午前7時30分ころには通常人であれば容態が悪いことを容易に認識できるほど明らかに異常な兆候を示していたこと、被告Aは、そのようなBの状態をよく観察していたこと、B自身が被告Aに対して直接体調の悪いことを訴えていたこと等を総合すると、遅くとも午前7時30分ころには、被告Aにおいて、Bが熱中症を発症しているおそれを十分に予見ないし認識できたはずであったと認められる。そして、被告Aは、前記のとおりの安全配慮義務(部員に熱中症を疑わせる症状がみられた場合は、直ちに練習を中止し、涼しい場所で安静にさせ、冷却その他体温を下げるなどの応急処置をとり、必要に応じて速やかに医療機関に搬送すべき注意義務)を負っていたのであるから、この時点において、Bの体温を下げるなどの応急措置をとりながらその容態を観察し、症状の軽減がみられない場合には速やかにBを医療機関に搬送すべきであったと認められる。

ところが、被告Aは、これらの措置を採らなかったどころか、Bが仮病を使って練習を怠けているものと頭から決めてかかり、ぐったりとなっているBに対し、「しんどいふりしてもあかんぞ。」「通用せんぞ。」「何でやろうとせんのや。」「14年間でこんなやつ見たことないぞ。」「演技は通用せん。」「ちゃんとせいよ。」などと筋違いな叱責、非難を繰り返し、Bの介抱を見学者に委ねたまま放置し、午前8時40分に、目をつむったままアーアーと言うのみでぐったりとしているBを見てもまだ、膝をBの背筋にあてて伸ばす以外に積極的な措置を講じず、午前8時40分過ぎに至ってようやくBの容態に不安を感じ、保健室に運んだのであって、被告Aのこれらの一連の行動は、たとえBが練習を怠けていると思い込んでしまったことによる誤解の面があったとしても、あまりにも無思慮かつ軽率であって、安全配慮義務違反の過失が認められることは明らかである。

因果関係

熱射病は死の危険のある緊急事態であって、体を冷却しながら一刻も早く集中治療の可能な病院へ搬送する必要があり、いかに早く体温を下げて意識を回復させるかが予後を左右するので現場での応急処置が重要であること、死亡診断書において、熱射病の発症時は死亡の約34時間前(本件事故当日の午前8時40分ころ)とされていること、大阪府立千里救命救急センター医師の回答書において、Bの救命可能時期につき、最後のキックダッシュ後、グラウンド中央付近に運ばれ、「アーアー」という声を発するようになったころと思われる旨の回答がなされていることからすると、Bが明らかに異常な兆候を示すようになった午前7時30分ころに、被告Aが適切な救護措置を採っておれば、Bの死亡を回避し得た蓋然性は高いと認められる。

よって、本件において被告Aの過失行為とBの死亡との間には相当因果関係が認められる。

被告川西市の責任

被告川西市は、公立学校の設置者として、課外クラブ活動における、生徒の身体、生命について安全を配慮する義務を負うところ、本件においては、その職員である被告Aがその職務を行うにつき、その過失(安全配慮義務違反)により、Bを死に至らしめたのであるから、被告川西市には、原告らに対して、国家賠償法第1条1項に基づく損害賠償義務が認められる。

被告Aの責任

被告Aには、Bの熱中症による死亡について、安全配慮義務違反の過失を認めることができる。

しかしながら、公権力の行使にあたる国又は地方公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には、国又は地方公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責を負わないと解すべきである(最高裁昭和52年10月25日第三小法廷判決・裁判集民事122号87頁、最高裁昭和30年4月19日第三小法廷判決・民集9巻5号534頁等各参照)。

そして、被告Aは、公立中学校の職員として、学校教育の一環としての課外クラブ活動の指導監督を行うについてB及び原告らに損害を与えたのであるから、原告らの被告Aに対する請求は理由がないことに帰する。

なぜA教諭の損害賠償責任が認められなかったのか?

国家賠償法1条1項は

国又は公共団体の公権力の行使に当る公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人に損害を加えたときは、国又は公共団体が、これを賠償する責に任ずる。

と規定しています。

また、上記神戸地裁判決でも引用されている最高裁昭和30年4月19日判決では

右請求は、被上告人等の職務行為を理由とする国家賠償の請求と解すベきであるから、国または公共団体が賠償の責に任ずるのであつて、公務員が行政機関としての地位において賠償の責任を負うものではなく、また公務員個人もその責任を負うものではない。

と判示されていますし、最高裁昭和52年10月25日判決でも

公権力の行使に当たる国又は公共団体の公務員が、その職務を行うについて、故意又は過失によって違法に他人は与えた場合には、国又は公共団体がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって、公務員個人はその責任を負わないと解するのが、相当である

と判示されています。

このように、公務員個人が不法行為責任を負わないとされているのは、公務員の職務が常に賠償責任と隣あわせであるため、活動が消極的になることを防ぐ必要があるからです。

もしA教諭が私立学校の教師だったら?

A教諭が私立学校の教師であった場合、私立学校を運営する学校法人との間では使用関係が成立しています。

したがって、A教諭の行為が不法行為に該当する場合には、民法709条に基づく損害賠償責任を負うことになります。

また、被害者は、私立学校を運営する学校法人に対し、民法715条の使用者責任を問うことになります。

この場合、学校法人は、「A教諭の選任及びその事業の監督について相当の注意をしたとき」、または「相当の注意をしても損害が生ずべきであったとき」でない限り、損害賠償責任を負うことになります。

A教諭は責任を負うことは一切ないのか?

求償義務

このようにA教諭が公立学校の教師である場合には、国家賠償法1条1項や最高裁判例により、被害者やその遺族に対して損害賠償責任を負いません。

「これでは、公務員だったら何でも許されてしまうのではないか」と思われる方もいらっしゃるかもしれません。

しかし、この点については、国家賠償法1条2項に次のような規定があります。

前項の場合において、公務員に故意又は重大な過失があったときは、国又は公共団体は、その公務員に対して求償権を有する。

このように、公務員の場合、被害者やその遺族に対して損害賠償責任は負いませんが、国や地方公共団体が被害者やその遺族に対して損害賠償を行った場合、公務員による不法行為が故意または重過失によるものであったときには、求償義務を負うことがあります。

この点が裁判で争われたケースとしては、大分県立竹田高等学校剣道部における熱中症による死亡事故があります(なお、この事件はまだ係争中であるため、後にご報告できればと考えています)。

また、大阪市立桜宮高等学校バスケットボール部の顧問による体罰が原因で男子生徒が自殺した問題で、大阪市が、遺族に支払った損害賠償の半額を負担するよう求めるため、大阪地裁に提訴する方針を固め、平成29年9月議会で議案提出し承認を得る考えであることが報道されました。

このように、公務員であったとしても、間接的にではありますが、損害賠償責任を負うことになります。

平成29年11月29日追記

大分県立竹田高等学校剣道部における熱中症による死亡事故についての一連の訴訟が終了しました。

詳しくは「公務員である教師に対しての求償権を行使するように命じた事例」をご覧ください。

刑事責任

このような民事責任とは別に、刑事上の責任が生じることがあります。

冒頭の事件のA教諭は、業務上過失致死容疑で略式起訴され、罰金50万円の略式命令が確定しています。

最後に

A教諭の民事責任・刑事責任について説明しましたが、「責任としては軽いのではないか」という感想をお持ちの方が多いと思います。

しかし、A教諭は重い道義的責任を一生背負わなければなりません。

自らの間違った指導により生徒の命を奪ったこと、それにより生徒の遺族に深い悲しみを抱かせ続けることになったこと、同級生らも不幸な思い出として持ち続けることになったこと、そのような罪の意識にさいなまれながら一生を過ごしていかなければならないのです。

決して安穏とした生活を送っているわけではない、そう思っています。

私としては、同じ過ちを犯さないため、同じような被害者や遺族、加害者などを生み出さないために、今後もスポーツの現場で発生した事件や事故に関する裁判例を紹介し、教訓にしていただければと考えています。

Pocket
LINEで送る

“公立学校の教諭には事故や体罰に関する損害賠償義務がない?” への1件の返信

  1. 道義的責任は感じることができる人間しか感じません。
    そして教育界では、相手に道義的責任は要求しますが、教員側では感じないのが常識です。反省はさせるものであってするものではない、これがすべての教員の本音です。だから裁判で声を大に反省アピールをしても、終われば喉元通過が当然なのです。
    そして日本の制度は教員性善説に基づいて形作られています。
    誠に残念なことです。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.